■お墓
内地のお墓は農耕不適の傾斜地にあるが、こちらでは一等地にある。お墓に対する文化が違うのだろう。
沖縄の墓は「家」なので、原点が違うのでしょうね!
これは、死生観が違うのでしょうね!
日本(範囲に異議があるかも)では「死ねば仏」で、死後に罪を問いません。輪廻の考えも「善人で生まれ変わる」約束事があると思う。
私は、大陸の墓を見たことが無いので分かりませんが、きっと大陸文化の影響を受けているのだと思う。
須川氏が資料を提供してくれたのですが、大陸のお墓と雰囲気が似ています。ただ、
・漢民族のお墓とあるのは中国南部のものだそうで、厳密に言えば「初期に漢族(北京を中心にした民族)に征服された地域」のもののように思います。
・琉球民族のお墓も、石垣島では見ることが出来ません。
大和王朝も、勢力拡張期に「従った部族に前方後円墳を許しているように、お墓は権力関係の重要な要素でした。
本島以外の島は、琉球でも搾取された側で、案外「お墓の形式が違う」のかもしれません。
墓の形式だけではなく、立地の違いも大きいですね!
土地の広大な大陸なら無理はないのでしょうが、沖縄で、耕作も居住もできる1等地に墓を造る。これは本州にはないですね!やっぱり、文化の出発点が違うのでしょう。
ちなみに、石垣の知人は「見栄っ張り」と切り捨てていました。現代では、多少その要素もあるかなと思いました。
沖縄本島と石垣で「文化が違う」と思っています。
琉球の島々でも、首里城の民族が他の諸島から「酷い搾取」をしていたわけで「大和を恨む」感情に差があると私は感じています。
今回の旅行で「神社の数が増え、建て替え中のものも多い」と感じました。家内は、野鳥以外に全く興味がないので、充分に写真を撮ることも出来ませんが、最近、琉球神道が盛んになっていると思います。 |

石垣島のお墓(古いお墓もこの形式です)

新築中も多かった琉球神道

琉球民族のお墓(須川氏提供) |